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津地方裁判所 昭和51年(ワ)115号 判決 1980年2月28日

原告 海野清

右訴訟代理人弁護士 村田正人

同 石坂俊雄

同 中村亀雄

被告 三重交通株式会社

右代表者代表取締役 土方大貳

右訴訟代理人弁護士 吉住慶之助

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告三重交通株式会社(以下「被告会社」という)は、原告を被告会社の従業員として処遇せよ。

2  被告会社は、原告に対し、昭和五一年五月以降一か月二三万二七五〇円の金員を毎月二五日限り支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第2項に限り仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告会社は鉄道、軌道及び自動車による運輸業を営むことなどを目的とし、昭和六年二月二六日設立され、現在資本金三〇億円を有する会社であり、原告は、被告会社に同三四年三月二四日バス運転手として入社し、以後同五一年五月四日迄の一七年間、松阪市所在の被告会社松阪営業所において、バス運転手として勤務してきたものである。

2  原告は被告会社から毎月二五日限り給料二三万二七五〇円(ただし、原告の三か月の平均賃金である)を受けとっていた。

3  しかるに、被告会社は、原告との雇用契約関係を否認して昭和五一年五月以降賃金の支払いをしない。

よって、原告は被告会社に対し、原告を被告会社の従業員として処遇し、かつ、毎月二五日限り二三万二七五〇円を支払うことをそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は争う。

三  抗弁

1  被告会社は、原告に対し、昭和五一年五月一一日付、辞令書をもって、「就業規則第一八一条該当行為により本職を解く」旨通告し、懲戒解雇の意思表示をなした(以下「本件懲戒解雇」という)。

2  原告は、昭和五一年五月四日、大杉谷バス停留所午前一〇時三〇分発松阪駅前行の定期バス(大杉谷―三瀬谷間はツーマン、三瀬谷―松阪駅前間はワンマンである)に乗務し、終点松阪駅前に到着後、降車客扱い中、登山客が一万円札にて六人分の運賃五四〇〇円を支払おうとしたので、小銭の有無をたずねたところ、同僚の旅客が五〇〇〇円札一枚と一〇〇〇円札一枚をひろげたまま整理券を上に乗せて出したので、両手で受け取り、直ちに運賃箱へ投入すべきを両替カバンの中に入れた。また、右登山客は荷物運賃を要する荷物(リュック)を持っており、原告は右登山客から一人四〇〇円宛合計二四〇〇円の荷物運賃を収受すべきであるのに右収受をしなかった。さらに、両替カバンの中の両替元金を調べた結果所定の一万円の両替元金が一万一〇〇〇円あり一〇〇〇円過剰であった。

3(一)  被告会社と原告が属していた三重交通労働組合との労働協約第二八条に基づく附属協定である「不正行為の懲戒に関する覚書」(以下「本件覚書」という)は、前文で「下記の不正行為を行った者及び他人を教唆せん動して、これを行なわせた者は、原則として、懲罰委員会の議を経ないで、就業規則第一八一条第七号、同第九号及び第一三号を適用し、懲戒解職とする」と規定し、運賃収受について整理券方式による場合については(以下単に「整理券方式」という)「1 止むを得ない理由があって、直接、手で収受した運賃及び両替の際の釣銭のみを渡したときの残金(運賃)をすみやかに運賃箱へ入れないとき」「2 正当な理由がなく両替金に過不足があるとき」「5 その他運賃収受について不正があったとき」とそれぞれ規定している。

(二) 本件覚書の条項は運転手の故意過失という主観的要件を問わず外形的な行為について規定したものであり、原告の前記の行為は本件覚書整理券方式1、2及び5に該当する。従って、被告会社は就業規則第一八一条を適用し原告を懲戒解雇したものである。

四  抗弁に対する認否及び原告の主張

1  抗弁1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、原告が五〇〇〇円、一〇〇〇円札各一枚を両替カバンに入れた点は否認し、その余の事実は認める。原告は右各紙幣を両替カバンの中に一時置いたにすぎない。

昭和五一年五月四日の状況は次のとおりであったものである。

原告は昭和五一年五月四日被告会社主張の定期バスを運転し、終点の松阪駅前に到着した。

そして、四〇人余りの乗客を降車させ、六人連れの登山客が降車する際、右六人連れの降車客の最後尾の一人(以下「A男」という)が一万円札を原告に手渡したので、原告が「お一人九〇〇円で六人ですから五四〇〇円ですが、小さいお金はありませんか」と尋ねたところ、最後尾より数えて二番目の人(以下「B男」という)――A男の前にいた人――が財布を取り出し、五〇〇〇円札があるといってA男に手渡した。A男は受けとった五〇〇〇円札の上に自分で出した一〇〇〇円札をのせ、さらに整理券をのせ、原告に差し出した。原告は運賃箱の投入口を指さしたが、A男とB男の間にリュックがあるため、運賃箱に手が届きにくそうであったので、乗客に対するサービス精神から広げてさし出されたままの五〇〇〇円札及び一〇〇〇円札並びに整理券を両手を出して受け取り運賃箱へ入れようとしたが、六〇〇円の釣銭を出そうと思い、一〇〇〇円札を両替えする必要から口を開けたままの両替カバンの中に受けとった五〇〇〇円札及び一〇〇〇円札並びに整理券を置いた。そして、三枚(五〇〇〇円札、一〇〇〇円札、整理券)のうち一番下の五〇〇〇円札を運賃箱へ入れようとしたところ、一人の男がA男の後に立っており、原告は乗務監査員らしいと気づき、乗務中監査報告されるようなことがあったのかと点検してみた後に、両替カバンの中に先に受けとった六〇〇〇円が入ったままであることに気づき六〇〇〇円を運賃箱へ折りたたんで投入した。六〇〇円の釣銭は一瞬失念した間に乗客(A男ら)が受けとらずに降車したため、払戻せなかった。

その後監査員を乗せたまま営業所へ回送し、監査員の要請で原告は大司主任を呼びにいき、車内の後部座席で両替元金の精算をしたところ、一〇〇〇円の過剰となった。右一〇〇〇円は、松阪駅前の降車客の内、早く降りた初老夫婦の男の方が二人分で一六〇〇円の運賃を一〇〇円硬貨六個だけ運賃箱に投入し、一〇〇〇円札を原告に差し出したので、原告は別の降車客の一〇〇〇円札を両替中で硬貨を数えていた最中であったため、運賃箱へ入れて下さいと指示したのであるが、右乗客がこれに従わず、この両替中に両替カバンの中に入れたものと推測される。

3  抗弁3(一)の事実は認める、同(二)の事実のうち原告が就業規則第一八一条により懲戒解雇された点は認め、その余の事実は否認する。原告の所為は何ら本件覚書整理券方式1、2及び5に該当するものではない。また、被告会社は原告が荷物運賃を収受しなかったことを解雇事由の一つにあげているが、本件懲戒解雇当時被告会社は原告が荷物運賃の収受をしなかったことを解雇事由にしていなかったものである。

4  根拠規定の不明確性と告知の誤り

昭和五一年五月一一日付辞令書によれば、懲戒解雇の根拠規定は就業規則第一八一条であるとされている。ところが、被告会社の主張によれば懲戒解雇の根拠規定は労働協約第二八条に基づく附属協定である「不正行為の懲戒に関する覚書」であるとされ、何が根拠規定であるのか全く明確を欠いている。覚書が根拠規定であるならば、被告会社は本件懲戒解雇にあたり、原告に対して、懲戒解雇の根拠規定を誤って告知したものに他ならず、従って本件懲戒解雇は無効である。

5  本件覚書は以下の理由により無効である。

(一) 本件覚書は、労働組合と使用者との間の文字どおりの覚書にすぎず、個々の労働者に対しては何らの効力も有しないものである。

(二) 仮にそうでないにしても、労働基準法はひとたび定立された就業規則の変更について、①労働基準監督署長への届出(同法第八九条、施行規則第四九条)②労働組合の意見聴取と書面の添付(同法第九〇条)③労働者に対する周知義務(同法第一〇六条第一項)と厳しい要件を規定している。本件覚書は右手続を経ないから就業規則の変更として無効である。

(三) 本件覚書は、就業規則を労働者に不利益に変更したものであって、個々の労働者に対し、効力を生じないものである。

即ち本件覚書は(乗車券方式)として1ないし7(整理券方式)として1ないし5を規定し、右に該当する行為を原則として懲戒解職としている点で、就業規則第一八〇条第六号が覚書記載の類似行為を原則として減給しているのと比して著しく苛酷な処分を定めており、これは労働条件の著しい改悪である。右のような労働条件の改悪は、たとえ労働組合と使用者との間の覚書であっても、個々の労働者が使用者と締結した労働契約の当時存在した就業規則に対して効力がないものである(労働組合法第一六条による有利原則)。

(四) 本件覚書の前文並びに整理券方式の1及び2は公序良俗に反し無効である。

(1) 本件覚書には前文に「下記の不正行為を行なった者及び他人を教唆せん動して、これを行なわせた者は原則として懲罰委員会の議を経ないで、就業規則第一八一条第七号、同第九号及び第一三号を適用し、懲戒解職とする。この場合会社は組合に書面をもって事前に連絡する。但し、その事情により会社、組合のいずれか一方から申入れがあった場合は懲罰委員会を開催することができる。」と規定し「記」の欄の整理券方式の1に「止むを得ない理由があって、直接手で収受した運賃及び両替の際に釣銭のみを渡したときの残金(運賃)をすみやかに運賃箱へ入れないとき」、2に「正当な理由がなく両替金に過不足があるとき」と規定している。

(2) そうすると、覚書の前文では下記の不正行為を行った者は懲戒解職しか処罰がないことになるが、情状による段階的処罰をとりえない本件覚書はきわめて硬直化した懲戒規定といわざるを得ない。

(3) ところで罪刑法定の適正、特に罪刑の均衡は憲法三一条の要請するところであるが、懲戒解雇処分が秩序罰として、罪刑法定主義の考え方に従わなければならない以上、懲戒解雇規定における「罪刑の均衡」即ち規律違反行為と秩序罰との均衡が厳に要請されねばならない。即ち規律違反行為に不相当な秩序罰を規定することはやはり適正手続条項に反するものというべきであり、それぞれの規律違反行為の定型に対して、社会倫理的に見てこれに相応すると認められる秩序罰が規定されなければならない。そこで、「罪刑の均衡」との関係で整理券方式1及び2について検討することにする。

(4) 整理券方式1について

止むを得ない理由があって、直接手で運賃等を収受する行為がワンマンバス運転手の業務の中でいかなる場合に発生するかであるが、運賃箱のベルトの故障や身体障害者の客、子供の客、荷物を持った客、不慣れな客、急ぎ客、泥酔客などの場合において、乗客に対するサービス精神から直接収受しなければならない場合があり、また泥酔客や急ぎ客のように直接収受しなければ運賃を収受すること自体が不可能であり、ワンマンバス運転手としては積極的に運賃を手で収受する場合もあるのであって、運賃を直接手で収受する行為自体は止むを得ない場合には正当業務行為として積極的に認容されている行為である。

すると、「止むを得ない理由があって」とは、このような場合を予想しているものと推認できるから、1は結局「正当業務行為として直接手で収受した運賃等をすみやかに運賃箱へ入れない」という規定と同じことになる。これは覚書の前文が情状の余地の考慮なく懲戒解雇しかとりきめていないのと比べると、まことにワンマンバス運転手にとって苛酷な規定である。

この危険は、被告会社の主張する外形理論によってますます強められる。本来運賃等をすみやかに運賃箱へ入れない行為には、故意の場合と過失の場合とが考えられるのであるが、外形理論によると故意か過失かを問題とせず一様に不法領得意思の発現とみなして即懲戒解雇してよいことになる。しかしながら過失の場合にも直ちに懲戒解雇処分を受けるとされる規定がいかに罪刑の均衡を欠いているかは明らかである。

さらに、「すみやかに」ついては構成要件として不明確さを残しており、合理的解釈が為されない以上ワンマンバス運転手が「すみやかに」でなかったとされて、いつ懲戒解雇となるかもわからず被告会社が「すみやか」でなかったとしてその恣意的運用をほしいままにすることも可能で、構成要件の不明確さは免れないものである。

右次第であって、構成要件の不明確さと罪刑の均衡を失している点において本件覚書前文及び整理券方式1の規定は罪刑法定主義の考え方に反し公序良俗違反として無効である。

(5) 整理券方式2について

2については「正当な理由がなく」という要素が規定されている。

これは、両替金に過不足を生じることが、ワンマンバス運転手の業務の過程において、通常頻繁に起りうる事態であるため、違法な場合に限って懲戒解雇事由と認める趣旨であると解される。しかしながら、両替金の過剰や不足の大半は、客の誤投入や両替器の故障等、運転手の責に帰することのできない事由によって生じるのであり、かかる過不足金の一つ一つについて正当な理由があったとの立証責任を運転手に課しているのは、まことに労働者にとって酷な規定であり、労働者が正当な理由を立証できない以上覚書の前文によって不正行為であるとされる本規定は公序良俗に反する無効の規定である。また本規定は運転手の責任を問いえないもの、即ち、乗客の誤投入や両替器の故障までも秩序規律違反として一義的に懲戒解雇処分としていることからも責任主義の原則に反し更に罪刑の均衡を失している点においても前同様公序良俗に反し無効である。

6  本件覚書の懲戒解雇事由の不存在

(一) 原告が登山客から運賃を直接手で収受したのは次のとおり止むを得ない理由があって為した正当業務行為である。

即ち、原告は登山客が前に荷物があって運賃を入れにくそうにしていたので常日ごろから言われている乗客に対するサービスから直接運賃を手で収受したものであって止むを得ない理由があって為したことであり、正当業務行為としてなされた所為である。乗客に対するサービスについて、被告会社は自動車運送事業等運輸規則第二条第一項ないし第四項の「輸送の安全」と「旅客に対する懇切な取扱い」即ち「旅客の利便の確保」を最大の社命としており、乗務員勤務規程も右二つの精神を基にして作成され、「輸送の安全」と「旅客の利便の確保」(いわゆる旅客へのサービス)については再三講習会ももたれていた。ワンマンバス運転手が止むをえず運賃を直接手で収受しなければならないときとしては前記5(四)(4)の場合があり、ワンマンバス運転手が止むを得ず直接手で収受することがあることは被告会社も認めるところである。また、いかなる場合直接手で運賃を収受してもよいかの判断はとっさの判断であって具体的状況に応じて判断すべきであるが、その判断は運転手の裁量行為であると考えるべきである。

(二) 原告は収受した運賃をすみやかに運賃箱に投入している。

原告が登山客から紙幣を直接手で受けとってから監査らしき人に職員証をみせられ、安全確認呼称の自己点検をおえ、その直後に両替カバンの中に運賃が置いたままになっていることに気づき、それをこれはこちらの分といって運賃箱に投入するまでの時間はほんのわずかの時間である。原告が考えこんでいた時間が一〇秒足らずなのであるから手で受け取って入れるまでの時間はせいぜい一〇数秒をこえることはないものであって、すみやかであることは明らかである。

(三) 一〇〇〇円の過剰金があったことについては正当な理由がある。

即ち、四2においても述べたごとく、過剰金とされた一〇〇〇円は初老の夫婦が二人分一六〇〇円の運賃のうち一〇〇円硬貨六個だけを運賃箱に投入し、一〇〇〇円札を原告に差し出したが、その際、原告は別の降車客の一〇〇〇円札を両替中で硬貨を数えていたため、運賃箱へ入れて下さいと指示したのみであったため、二片券時代の習慣(昭和五一年三月三一日まで甲・乙二片券が乗車券として使用されており、松阪駅前での降車客は、甲・乙二片券の一片を運転手に手渡していくがさばききれないときは両替カバンの中に一片を放りこんでいくのが一般であった。)にならって、運賃箱の手前にある両替カバンに紙幣は投入するものであると誤信して入れたということは充分考えられることである。

7  就業規則の懲戒解雇事由の不存在

仮に本件懲戒解雇の根拠規定が就業規則であるとしても、原告の所為は就業規則所定の懲戒解雇事由に該当しない。

就業規則第一八一条第七号は、「職権を乱用して利益を計ったとき」、同第九号は「故意又は重大な過失によって会社の信用を害し、又は会社に多大の損害を及ぼしたとき」と規定しているが、原告の所為(運賃収受及び両替元金の過剰金)は右各号に該当しないことは明らかである。

そこで、同第一三号につき検討してみるに、同号は「前条第四号ないし第九号に該当し、その情状が重いとき」と規定し、前条である第一八〇条をみると、

「(4) 故意又は重大な過失によって、会社の設備又は器具を壊したり失ったりしたとき」

「(5) 不正不義の行為のため当社職員としての体面を汚したとき」

「(6) 規則令達に違反したとき」

「(7) 部下が懲戒を受けた場合、上長として監督不行届のとき」

「(8) 業務上の怠慢不注意又は監督不行届のため、災害傷害その他の事故を発生させたとき」

「(9) その他前各号に準ずる不都合な行為があったとき」

と規定されている。

そこで、原告の行為が右各号の規定に該当するか否かを検討すると、原告の所為が前条第六号以外の各号のいずれにも該当しないことは明白であり、同号の「規則令達」としては、乗務員勤務規則第一一七条の二・三・五・一二、同条の一三で準用される第一二二条及び第一六四条の七ないし九が考えられるが、原告が運賃を直接手で収受したことは前述のとおりやむをえない場合であり右規定のいずれにも該当しない。従って、原告の所為は前条(第一八〇条)第四号ないし第九号に該当せず、よって第一八一条第一三号はその前提を欠くものといわざるをえない。

仮に原告の所為が第一八〇条第六号に該当するとしても、第一八一条第一三号は「その情状が重いとき」という要件を規定しており、懲戒解雇処分が企業サイドから見ても職場秩序維持のため他にとりうる手段がないときに、その労働者を最終的に職場から放逐してしまうための最後の手段であり、労働者側からみても懲戒解雇処分は死刑にも等しい極刑であることからしても「情状が重いとき」とは「情状について考慮の余地がないとき」と解すべきである。

しかるに、原告は昭和三四年三月二四日被告会社に入社し、三か月の教習期間を終えたのち、同年六月二四日から本件懲戒解雇までの間、被告会社の松阪営業所のバス運転手として勤務してきたものであるが(本件懲戒解雇時には、定期バスでは一番上位のグループであるBUグループに属していた)、原告の勤務成績、態度は真面目で人一倍職務熱心であり、入社以来一七年間にわたり欠勤したことはなく、また日曜祭日でも出勤し、年次有給休暇をも放棄している。そして、原告はバス運転手として必要な限りのことは充分行なっていたし、服務規律も守り、当日においても踏切、信号、横断歩道の確認呼称は完全に行ない、運転態度は良好であり、バス運転手として他の運転手より劣るというものでは決してなく、職場での人間関係についても同僚の信頼は厚く、これまで特に不都合が認められたこともない。また数回にわたる無事故表彰の他に優良職員が受ける所長表彰も受領しているのである。右のような事情を考慮すると原告について「情状について考慮の余地のないとき」とはいえず、従って就業規則第一八一条第一三号の要件を欠いている。

8  解雇権の濫用

前記原告の本件所為の態様、入社からの原告の勤務態度・成績を考慮すると、原告を懲戒解雇することは解雇権の濫用といわざるをえない。

五  原告の主張に対する被告会社の認否及び反論

1  主張4のうち、辞令書に「就業規則第一八一条該当行為により本職を解く」旨記載されている点は認め、本件懲戒解雇が無効であるとの主張は争う。

2  同5(一)は争う。本件覚書は使用者と労働組合との協定であり、いわゆる労働協約であるとともにその実質は就業規則の補完であるから、個々の労働者に直接効力を有する。

3  同5(二)は争う。

本件覚書の締結及びその後の改訂は、原告主張の①については①の届出事項に該当しないし、②、③の要件はいずれも満たしている。

4  同5(三)は争う。

5  同5(四)(1)の事実は認める。その余は全て争う。また本件覚書が公序良俗に違反するとの主張は著しく時機に遅れた主張である。

6  同6は争う。原告はしきりに運賃を手で受け取ったことはやむをえないとか故意がなかったとか主張しているが、このような主張をいれる余地がないことは本件覚書締結の目的や外形方式を採用した制度及び数次の改訂により故意を削除した趣旨により明らかであり、原告の主張は結局本件覚書の規定の空文、死文化をまねくものである。

7  同7・8は争う。

8  原告は本件懲戒解雇の原因たる事実を自認したうえ解雇を承認し、解雇処分に附随する、または処分の結果として被告会社から給付された予告手当等を異議をとどめず受領した。従って、本件懲戒解雇無効等の主張は禁反言の法則に違背しかつ著しく信義に反するから許されない。

六  被告会社の反論に対する認否

反論のうち、原告が辞令書及び予告手当を受けとった点は認め、その余の事実は否認する。原告は辞令書を受けとるときに異議を述べてこれを受領している。

第三証拠《省略》

理由

一  当事者間に争いのない事実

被告会社は、鉄道、軌道及び自動車による運輸業を営むことなどを目的とし、昭和六年二月二六日設立され、現在資本金三〇億円を有する会社であり、原告は被告会社に同三四年三月二四日バス運転手として入社し、以後同五一年五月四日までの一七年間、松阪市所在の被告会社松阪営業所において、バス運転手として勤務してきたものであること、被告会社が原告に対し、同年五月一一日付辞令書をもって「就業規則第一八一条該当行為により本職を解く」旨通告し、懲戒解雇の意思表示をなしたこと、原告は同年五月四日、大杉谷バス停留所午前一〇時三〇分発松阪駅前行の定期バス(大杉谷―三瀬谷間はツーマン、三瀬谷―松阪駅前間はワンマンである)に乗務し、終点松阪駅前に到着後、降車客扱い中、登山客が一万円札で六人分の運賃五、四〇〇円を支払おうとしたので、小銭の有無をたずねたところ、同僚の旅客が五、〇〇〇円札一枚と一、〇〇〇円札一枚をひろげたまま整理券を上に乗せて出したので両手でこれを受け取ったこと、また、登山客は荷物運賃を要する荷物をもっており、一人四〇〇円宛合計二、四〇〇円の荷物運賃を収受すべきであるのにこれをせず、さらに、両替カバンの中の両替元金を調べたところ、所定の一万円の両替金が一万一〇〇〇円あり一〇〇〇円過剰であったこと、被告会社と原告が属していた三重交通労働組合との労働協約第二八条に基づく附属協定である「不正行為の懲戒に関する覚書」は、前文で「下記の不正行為を行った者及び他人を教唆せん動して、これを行なわせた者は、原則として懲罰委員会の議を経ないで就業規則第一八一条第七号、同第九号及び第一三号を適用し、懲戒解職とする。」と規定し、「記」には整理券方式に関して「1 止むを得ない理由があって、直接、手で収受した運賃及び両替の際の釣銭のみを渡したときの残金(運賃)をすみやかに運賃箱に入れないとき」、「2 正当な理由がなく両替金に過不足があるとき」、「5 その他運賃収受について不正があったとき」とそれぞれ定めていること、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》及び当事者間に争いのない事実を総合すると、以下の事実が認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。

昭和三三年九月頃、被告会社鵜方自動車区において集団運賃着服事件が発覚し、二四名が懲戒解雇される事件があり、右事件を契機に、不正行為を防止するため、被告会社と三重交通労働組合が協議し、同三四年二月七日に右両者間に労働協約第二八条(懲戒)に関する覚書が結ばれ、右覚書の前文には「標題の件に関し次の行為を故意に行ったときはこれを不正行為と見做し、原則として労働協約第二八条に基く懲罰委員会の議を経ずして就業規則第一八一条第九号を適用し懲戒解職とする」と規定していた。右覚書はその後改訂され、同四二年六月一五日に作成されたそれは、前文が「下記の不正行為を行った者及び他人を教唆せん動して、これを行わせた者は、原則として懲罰委員会の議を経ないで、就業規則第一八一条第七号、同第九号及び第一三号を適用し、懲戒解職とする」と改訂され、「故意」の文字が削除され、新たに「下記の不正行為」の中に整理券方式を設けた。その後再び改訂され、同四八年一月一八日本件覚書が作成された。本件覚書の内容は前文は右と同様であり、その整理券方式1は「止むを得ない理由があって、直接、手で収受した運賃及び両替の際の釣銭のみを渡したときの残金(運賃)をすみやかに運賃箱に入れないとき」、2は「正当な理由がなく両替金に過不足があるとき」、5は「その他運賃収受について不正があったとき」となっている。また就業規則第一八一条は「職員が次の各号の一に該当するときは懲戒解職にする。但し、情状によって諭旨解職、降職、謹慎又は減給に止めることができる」とし、同条第七号は「職権を乱用して利益を計ったとき」第九号は「故意又は重大な過失によって会社の信用を害し、又は会社に多大の損害を及ぼしたとき」、第一三号は「前条第四号ないし第九号に該当し、その情状が重いとき」と規定し、就業規則第一八〇条第六号は「規則令達に違反したとき」と規定されている。

してみると、本件覚書は、名称は「覚書」であるが、その趣旨及び形式に徴し被告会社と三重交通労働組合との本協約と一体となって一つの労働協約を形成するものであることは明らかであり、また本件覚書は通常不正領得行為とみられる行為を覚書該当行為として、右行為を就業規則第一八一条第七号、同第九号及び第一三号該当行為とすることとし、原則として懲罰委員会の議を経ないで同条により懲戒解雇とするものであって、その改訂経緯からみると、覚書該当行為をなした者については行為そのものが通常不正領得行為とみられるものであるため、その主観的意思の如何を問題とするまでもなく懲戒解雇とすることにしたものであり、また、本件覚書は就業規則との関係においては、就業規則第一八一条の該当行為を一層具体的に明確化したものということができる。

三  そこで以下原告の解雇無効の各主張につき検討する。

1  原告は、本件懲戒解雇は根拠規定が不明確であり告知に誤りがあり無効であると主張するが、前記の本件覚書の内容からすれば本件覚書と就業規則第一八一条が一体となって理解されるべきものであることは明白であるから、被告会社が原告に通知した辞令書には単に「就業規則第一八一条該当行為により本職を解く」旨記載されているにすぎないがこれをもって根拠規定が不明確であるとはいい難く、このことによって本件懲戒解雇が無効となるものではない。従って原告の前記主張は理由がなく採用できない。

2  また、本件覚書は前記のように、労働協約であるから、労働組合員にその効力が及ぶことになり、就業規則の変更手続をとる必要もないし、労働組合法第一六条の有利原則の適用場面でもない。従って原告の主張5(一)ないし(三)の各無効の主張もまた失当である。

3  次に、本件覚書前文及び整理券方式1及び2が公序良俗に違反する無効なものか否かについて検討することにする(被告会社は、原告の公序良俗違反の主張は時期に遅れたものであると主張するが、右主張は、原告の最終準備書面ではじめて主張されているものの、右準備書面が最終口頭弁論期日に陳述され、即日結審になっていることは記録上明らかであり、右主張により訴訟の完結が遅延したことは認められないのであって、本件においては民訴法第一三九条を適用する前提を欠くことになる。)。

本件覚書に該当した場合には懲戒解雇になり、また懲戒解雇処分以外の処分が予定されていないことは明らかである。

ところで、バス運送事業の収入は乗客より収受する少額運賃の集積によるものであるため、営業の根幹をなす運賃の取扱業務は常に厳正に行なわれなければならず、もしこれが厳正に行なわれないとすれば、会社と従業員の信頼関係、従業員同士の信頼関係の破壊はもとより、会社内秩序の紊乱を招来し、ひいてはバス運送事業における現在の運賃収受方式を根本的に否定することになり、正常な企業経営ができず企業存立が危うくなることは明らかである。

してみると、運賃の取扱業務についてはその他の業務に比し一段とこれを厳格に規正することが必要であり、これに違反した行為があった場合には情状を考慮することなく懲戒解雇をもってのぞむのもけだし無理からぬところであるから右の事情に併せ、本件覚書制定の経緯、本件覚書該当行為が通常不正領得行為と考えられること、また右懲戒解雇については組合に書面をもって事前に連絡がされ、事情によっては懲罰委員会を開催することができるものとされ、事実関係の確定については慎重公正になされることが担保されていること、更に原告のいう用語上の問題についてみても整理券方式1の「すみやかに」については「そのまますぐに」との意味に解するのが相当であり右用語が不明確ということはなく、同2についても乗客の誤投入の場合など運転手の責に帰することのできない事由による両替金の過不足の場合には結局正当な理由があることになるのであり、他方運転手がみずから両替を行なう場合は両替についての過不足につき運転手にその理由を弁解させることもあながち不当とはいえないことなど諸般の事情を総合考慮すると、本件覚書に該当する場合には懲戒解雇と規定することはけだしやむをえないところであるというべく、これをもって原告のいうごとく公序良俗に反するものとは認め難い。

よって、本件覚書が公序良俗に違反するとの原告の主張も理由がない。

4  《証拠省略》及び前記争いのない事実を総合すると、次の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

(一)  運賃収受方法

昭和五一年五月四日当時被告会社で行なわれているワンマンバスの運賃収受方法は、自動循環式運賃箱を運転席左側に備付けて乗客自身に所定運賃を運賃箱運賃投入口に投入させ、それを確認させるというものである。そして、両替は自動両替と両替カバンとの両方があり、自動両替器は運転手の左後方に備えつけられ、乗客が自由に一〇〇円、五〇円硬貨を両替するものであり、両替カバンは深さ一二センチメートルで、口を開くとその大きさは縦一五センチメートル横二五センチメートルであり自動循環式運賃箱の横、右投入口から三〇センチメートル下方におかれ、右カバンの中には元金として一〇〇円硬貨で一万円分入れてある。そして、両替方法は運転手が一たん紙幣を受け取って両替カバンから一〇〇円硬貨で精算して乗客に渡すというものであり、また、乗客が両替することなく紙幣を運賃箱へ投入した場合には、釣銭を両替カバンの中から渡すこともあり、その場合には両替カバンの両替金が一万円より少なくなるため、報告することになっている。

(二)  昭和五一年二月一六日から同年三月三一日にわたり乗務員別に運賃収入の調査を行なったところ、原告の運賃収入は同期間における同一勤務交番に乗務した他の乗務員の運賃収入平均額と比較して少ないという結果が出たため、運転保安部員であった大江節雄は原告の運賃収受を監査するよう上司の指示をうけ、同年五月四日身分を秘して原告の乗務する車輛に乗車した。

(三)  原告は昭和五一年五月四日、大杉谷バス停留所午前一〇時三〇分発松阪駅前行の定期バス(大杉谷―三瀬谷間はツーマン、三瀬谷―松阪駅前間はワンマンである)に乗務し、終点松阪駅前に到着後、ほとんどの乗客が降り、続いて登山客六名が降りる際(残りの乗客は大江一人となっていた)、登山客が大きなリュックを運賃箱のそばに置き、一万円札で六人分の運賃五、四〇〇円を支払おうとしたので、小銭の有無をたずねたところ、同僚の乗客が五、〇〇〇円札一枚と一、〇〇〇円札一枚をひろげたまま整理券を上に乗せて出したので原告はそれを両手で受け取り、一たん運賃箱のところへ手がいったが、運賃箱に入れることなく両替カバンの中に入れ、そして車内後方をじっとふりかえり、ほんのしばらくそのままでいた。大江保安部員は席を立ち運転手のすぐ横まできて「ご苦労さん」といって職員乗車証を呈示し、つづけて登山客の運賃収受方法につき尋ねようとして「登山客」といったところ、原告は両替カバンの中より五、〇〇〇円札と、一、〇〇〇円札とを取り出し、「これはこちらの分だ」と言って二つ折りにして運賃箱へ入れた。なお、六〇〇円の釣銭は登山客が受けとらずに降車してしまったため払戻ししていない。ところで、本件について本来の運賃収受方法は、一、〇〇〇円札を受け取り一〇〇円硬貨一〇枚と両替した後に、乗客に五、四〇〇円を運賃箱へ投入してもらうのが正しい方法であった。

(四)  そこで右大江は、原告に事情を聞きたいので(松阪)営業所へ同行するように言ったところ、原告は銀行に用があると言いだしたので、さらに大江が営業所へ回送してくれと言うと、原告は黙って営業所へ車輛を回送した。そこで、大江が原告に主任をここへ呼んで来るように頼んだところ、原告は大司主任と共にもどってきたので、大江は大司主任に「原告が運賃を手で受け取り運賃箱へ入れずにカバンに入れたので現認書を書いてもらうために立会ってほしい。それと同時に両替カバンの監査も頼む」といった。そして、大江は原告に現認書を書くよう求めたが原告がなかなか書かないので、両替カバンの監査を先にすることとし、監査したところ、一、〇〇〇円札が二枚、五〇〇円札が一枚、一〇〇円硬貨が八五枚あり、一、〇〇〇円の過剰金がみつかった。そこで、原告にその理由を問いただしたところ、「今日は曇っているので頭がボーツとしてわからない。私の知らない間にだれかが落していったんではなかろうか。」といい、しばらくして「お客さんに運賃箱に入れてくれるようにいったのにカバンの中に入れたように思う。」と答えた。

(五)  さらに大江らは現認書を書くよう求めたが、その間原告は「あの時になぜ運賃箱へ入れなかったんやろ、入れていたらこんなことにならんだのに。」「この間あったばっかやし、これを書くと結果的によくない。」「あなたが三瀬谷から乗っておるのを知っておったならばこんなことをするのではなかった。」「運転態度が良かったことと運賃収受について現認書を書くのと帳消しにしてほしい。」「カバンの中へ入れたと書かないでカバンの上に置いたと書いてはいかんのか。」とかいっていたが、一時間ほどしてからようやく原告は現認書を書いた。そして、現認書を書き終った後、原告は止める間もなく過剰金の一、〇〇〇円札一枚を運賃箱へ投入した。

(六)  大司主任及び大江から連絡をうけた松阪営業所所長の林太郎がその後、原告から事情を聴取し、原告に顛末書を作成させた。その時荷物運賃について尋ねたが原告は「わかりません。」と答えるのみであった。そして、原告の所持金を尋ねたところ、原告は一、〇〇〇円札一一枚、五〇〇円札三枚を一枚づつ四つ折りにきちんと折り、職員証を入れた定期入れの中に入れてあったのを提示した。

(七)  原告は昭和五一年五月四日に自宅待機を命ぜられ、同月一一日懲戒解雇処分になった。なお、右懲戒解雇処分をするにあたって被告会社においては懲罰委員会第二部会の書面による審議がなされたが、その理由書には原告が手で運賃を受けとりカバンに入れたこと並びに両替元金に一、〇〇〇円の過剰金があったことが記載されているのみで、荷物運賃の収受についてはなにも記載されていなかった。

(八)  被告会社においては昭和五一年には不正行為により本件を含め六件の懲戒解雇処分がなされており、本件前の昭和五一年四月二一日には同じ松阪営業所、同じ路線、同じグループのバス運転手が運賃収受につき違反行為をし懲戒解雇となった例があり、原告も右ケースは知っていた。

5  そこで原告の行為が本件覚書に該当するか否かについて検討する。

まず、整理券方式1について考えてみるに、前記4(三)で認定の事実関係からすれば原告が登山客から出された運賃を直接手で収受した点は一応やむをえない事由があったものとみることができなくはないがしかし、前記のとおり、「すみやかに」とは「そのまますぐに」と解するのが相当であるから、本件の場合手で収受した運賃を「すみやかに」運賃箱に入れたといえないことは明らかである。原告が本人尋問において右の点に関し供述するところはそれ自体不自然で首肯しがたいものがあり、「すみやかに」投入したとする点は採用できない。

次に整理券方式2について考えてみるに、原告は両替カバンの一、〇〇〇円札一枚の過剰金は乗客の誤投入であると思われると主張しているが、原告本人尋問の結果中右にそう部分は、前記4・(四)で認定した右に関する当日における原告の説明とその態様を異にするものであるのみならず、前記4・(一)で認定した運賃投入口と両替カバンの位置関係などからみて、わざわざ硬貨と紙幣を区別して紙幣を右カバンに入れることは原告のいう二片券時代の習慣を考慮しても考え難く、これらの点に照らすと原告の右主張は容易に採用できない。

したがって、原告の覚書所定の懲戒解雇事由不存在の主張も理由がない。

6  《証拠省略》によれば、原告は昭和三四年三月二四日被告会社に入社し、以来一七年にわたり、欠勤したことはなく、日曜、祭日出勤もすすんで行ない、年次休暇も使いきらずに勤務してきており、また、原告は熟練運転手砂グループであるBUグループに所属し、当日の運転態度も良好であったこと、原告は同四一年二月一一日に五年間無事故表彰を、同四五年二月一一日に一〇年間無事故表彰を受け、さらに同五一年二月一一日には所長表彰をも受けていること、本件懲戒解雇については三重交通労働組合の要望もあり予告手当の支払いをなしていることが認められ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

そこで、本件懲戒解雇が解雇権の濫用にあたるか否かについて考えてみるに、原告の所為は前認定のとおり本件覚書整理券方式1及び2に該当しており、前記認定の本件覚書制定の経過及び目的、あるいは他の不正行為該当者はすべて懲戒解雇となっていることなどに照らすと、前記認定の諸事情を原告に有利に斟酌してもなお本件懲戒解雇をもって解雇権の濫用ということはできず、原告の主張は採用の限りでない。また叙上認定のところからすれば、就業規則の懲戒解雇事由の不存在に関する原告の主張もまた採用できないものであることは多言を要しないものというべきである。

四  よって、その余の点につき判断するまでもなく、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上野精 裁判官 川原誠 徳永幸藏)

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